大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2428号 判決 1971年10月01日
原告 杉山利久
右訴訟代理人弁護士 松井昌次
被告 山本信次
右訴訟代理人弁護士 能勢喜八郎
主文
被告は原告に対し金六〇万円およびこれに対する昭和四四年五月一六日以降右完済まで年六分の金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。
第一項に限り仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、昭和四四年二月、被告が出光興産健康保険組合に対し、被告所有の本件土地を三九〇〇万円で売渡す旨の契約が成立したことは当事者間に争いない。
二、≪証拠省略≫を綜合すると次の事実を認定できる。すなわち、
(1) 杉山敏男は大阪鋼材株式会社を退職し、宅地建物取引主任者の資格をとり、その妻である原告を営業名義人とする不動産取引業丸徳商事の業務に従事していたところ、昭和四三年八月頃、会社在勤中に社務で往来しかつ自営後も常時出向いていた不動産業八幡不動産株式会社大阪営業所より、出光興産健康保険組合が白浜方面に寮用地を物色していること、この買入の仲介を八幡不動産が担当していることを聞かされたうえ、右の寮用地を探索して欲しい旨を依頼された。
(2) 敏男は八幡不動産の右依頼に基き、同年八月二九日、三〇日にわたって白浜に赴き、地元の不動産業者よりも売却物件を聞込んで、本件土地を含む候補土地一〇件を選抜して、立地条件、見積地価、実測面積、地況等の概要を探知した。右の際には八幡不動産より敏男と同様に探索の依頼をうけ、かつ白浜に売却仲介物件を手持する大満商事株式会社の社員乾国重が同行した。
(3) 同年九月五日頃、敏男は被告に会って本件土地が坪六万円と地元の者が値踏していることを告げたうえ、七万円で売却したらどうかと話し、被告より売りに出してくれとの返答を得た。なお白浜に赴く前にも被告と会い、敏男の計らいで本件土地を候補土地に含ましめる目論見であったところから、本件土地が引合に出ている旨のみを予め告げていた。
(4) 以後敏男は、白浜に幾度も赴き、本件土地に買手を誘引する準備行為である雑草刈、現地測量(ちなみに敏男は被告より、本件土地が登記簿表示の四七〇坪より大きく実測六〇〇坪あると教えられていた)、温泉利用の調査、境界調査等を自己の裁量でなし、概測図、字図を作成し、またその間である一〇月五日、買手の出光興産健康保険組合の担当者、寮建設請負業者が実地検分するのに八幡不動産の担当社員や他の不動産業者ともども立会い、本件土地を含む候補土地一〇件を廻って買手の彼此較量に付添った。
(5) 右現地検分の結果、しばらくして、前出一〇件の候補地中本件土地を第一候補とする旨の買手の意向が示されてきた。その後一〇月二五日頃、敏男は買主の仲介業者である八幡不動産の担当社員広瀬惣左ヱ門、佐々木実を被告に引合わせ、八幡不動産社員は、買手の希望価格が坪六万円総額三六〇〇万円であることを被告に伝えて売渡方を懇請し、被告は本件土地を住友信託銀行不動産部の仲介で買入れ、同銀行の近藤威を被告所有不動産の相談役格としていることを述べた。
(6) その後敏男と広瀬との間で売買価格の折衝がなされ、買手は三六〇〇万円より三七六〇万円までに上げ、売手としては四二〇〇万円より四〇〇〇万円に下げるというまでに進捗したが、ここに至って交渉は硬直状態となり、この売買の話が中途で立消えになる兆候を示した。しかし八幡不動産は、出光興産健康保険組合において本件土地を入手できることを当然のこととして事務手続を進めており組合担当者の責任問題にまで発展する可能性があったため、希望価格を調整のうえこの売買を早急に成立させる必要に迫られた。ここで八幡不動産は側面交渉を思いつき、被告の口より聞込んでいた住友信託の近藤威に働きかけ、同人の力を借りて価格を調整し売買契約成立に早くこぎつけようと図り、近藤の口添えを依頼した。
(7) 右の間である一一月三、四日頃、被告は敏男に対し、仲介手数料を五〇万円にできないかと持ちかけ、敏男においては手数がかかっているので正規の額である取引価格の三パーセントを欲しい旨返答する一幕があった。
(8) 一二月四、五日頃、被告は仲介料控除後の実手取額を考えてか、価格の交渉を今後知合の近藤威に依頼する、従って敏男は仲介より手を引くようにと伝えて、ここに前出仲介依頼は解約された。右の段階における売手、買手の希望価格は前出(6)記載のままである。
(9) その後近藤威が被告の利益を代表して交渉し、昭和四四年二月二七日、本件土地の売買契約が代金三九〇〇万円で成立した(右契約成立の点は争いない)。なお右売買契約に附帯して、出光興産健康保険組合は本件土地上の寮建築用の鋼材を被告より買受けること等の被告に有利な事項が約定された。
以上のとおりである。
≪証拠判断省略≫
三、ところで、不動産仲介の依頼者が仲介を委託して、これが仲介者の尽力により、取引が成立したと同視できるかまたはこれに準じる程度にまで進行をみたのち、当該仲介契約を特段の事由もなく解除して、従来の交渉過程で形成された結晶を基礎として、相手方ないし相手方仲介者等との間に直接に契約を成立させた場合においては、仲介者は、民法一三〇条の法理により、自己の尽力、貢献に因り右の契約が成立したものとして、相当額の報酬を請求できるものと解すべきである。
しかしながら、仲介契約の解除が、報酬の支払を免れる目的に出たものであると同時に、当該仲介者の責に帰する事由とまではいいえない力量の不足等よりして、取引の成否、得失に微妙な掛引が要求される段階に至って、その仲介者に委任を継続するにおいては、依頼者の利益擁護に一抹の不安が残り、かつ現に取引交渉が行詰りの実情にあり、右仲介者に代えて経験、知識、説得力等のより豊かな仲介人を振向ける目的にも出た場合すなわち解除に至った縁由が競合するときにおいては、前説示の内容の報酬請求権をそのままには肯認しえず、右内容による報酬請求権は民法六四八条三項、六四一条の趣旨により減額修正されたものになるものというべきである。解除事由が競合するとしても、報酬支払を免れる目的も亦存した以上、仲介契約上の信義則に鑑み報酬請求権を否定し去れないものというべきである。
ところで前叙の認定事実によってみれば、不動産仲介業者の原告がその業務に当らせている敏男は、昭和四三年九月五日頃、被告より本件土地の売却仲介の委託をうけ、以後現地測量、温泉源等附帯利益の調査等買手を誘引する準備万端を整え、また買主や買主側仲介人を現地で案内し、相手方仲介人を被告に引合せ、取引価格の折衝をする等の仲介行為を進捗せしめて、双方の希望価格を三七六〇万円対四〇〇〇万円の較差に引寄せるまでの事務処理をしたものであり、一二月五日頃に仲介解除の通告をうけるまで奔走義務を尽したものというべく、右解除の後に残された事務処理は前記較差の調整にとどまるものというべきである。
さて前認定の経緯よりすれば、被告が仲介報酬控除後の実手取を顧慮し、右報酬の支払を免れる目的を有したものとみざるをえないが、他方取引価格を四〇〇〇万円近くに引上げるには近藤威の力によるほかなく、買主側仲介人も成約を急ぐの余り右近藤の介入を望んでいた事情が存したことも亦明かというべきであって、被告のなした仲介契約の解除は、かかる二つの競合する縁由よりなされたものというべく、以上の諸事情ならびに仲介期間、尽力程度、取引額、本件において仲介者は買手を探索する必要が全くなかったこと等一切の事情(前認定二の(2)の所為は、敏男が八幡不動産より物色を依頼され同社の下請として調査したものにすぎず、本件報酬額算定に斟酌しえない)を綜合すると、原告が被告に対して求めうべき報酬請求権は金六〇万円とみるのを相当とする。
四、以上の次第であるから、本訴請求は報酬金六〇万円およびこれに対する昭和四四年五月一六日以降右完済まで商事法定利率年六分の遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべく、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用のうえ主文のとおり判決する。
(裁判官 今枝孟)